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東京地方裁判所 平成8年(ワ)6725号 判決

原告

日本プロジェクト株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

矢田次男

栃木敏明

新穂均

小川恵司

清永敬文

被告

右訴訟代理人弁護士

荻原雅和

補助参加人

三井海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

相澤建志

鈴木久彰

主文

一  被告は、原告に対し、金六八一〇万六二四二円及び内金六五一〇万六二四二円に対する平成七年一二月五日から、内金三〇〇万円に対する平成八年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億〇五七六万三四五〇円及び内金一億〇〇七六万三四五〇円に対する平成七年一二月五日から、内金五〇〇万円に対する平成八年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を払え。

第二事案の概要

本件は、不動産を担保にした貸付けに際し、貸主である原告が司法書士の被告に登記申請書類の点検を依頼したが、被告が権利証の偽造を看過したために、借主により貸付金を騙取されたとして、原告が被告に対し不法行為ないし債務不履行に基づいて損害賠償を請求する事案である。

一  前提となる事案(文末に証拠の摘示のない事実は、当事者間に争いがない。)

1  原告は、訴外Cという人物(本名は不詳、以下「自称C」という。)から、その所有に係るという土地三筆(以下「本件土地」という。)を担保にして第三者から二億円を借り入れる業務及び自称Cにおいて返済ができない場合には原告において本件土地を処分して代位弁済する業務を受託することになり(≪証拠省略≫、原告代表者)、司法書士である被告との間で、平成七年一二月四日、Cが持参する登記申請書類の点検を依頼し、報酬として一〇万円を支払う旨同意した。

2  原告は、同日、被告の立会を得て自称Cと業務委託契約(以下「本件契約」という。)を締結する(≪証拠省略≫、原告代表者)とともに、被告が持参した根抵当権設定契約書、委任状及び賃貸借契約書に自称CからC名義の署名押印を受けた。

3  原告代表者は、被告に対し、本件土地の登記簿謄本を示して登記申請に必要な書類が揃っているかどうか尋ねたところ、被告から「特に問題はない。」旨の回答がされた。そこで、原告は、同日交付することになっていた現金五〇〇〇万円と五〇〇〇万円の預金小切手を自称Cに交付した(≪証拠省略≫、原告代表者)。

4  しかしながら、本件土地の登記簿謄本の表題部によれば、本件土地は、昭和五一年五月一日に区画整理された結果、所在の表示が「川口市a町」から「川口市b五丁目」に、地番の表示が「一六八番」ないし「一七〇番」から「八番七」ないし「八番九」に変更されたにもかかわらず、昭和四八年二月二二日に作成された本件土地の登記済権利証の文献の表示欄においては、所在が「川口市b五丁目」、地番が「一六八番」ないし「一七〇番」と表示されていた。

5  原告は、被告に対し、平成八年一月九日、前記登記申請書類を交付して本件土地につき原告を根抵当権者とする極度額一億五〇〇〇万円の根抵当権設定登記申請手続を依頼し、前記報酬一〇万円を含めた手続費用七六万三四五〇円を支払った。

6  被告は、同月一一日、浦和地方法務局川口出張所において登記申請手続をしたが、登記済権利証が偽造であるとして受け付けられなかった。

二  争点

過失相殺

(被告及び補助参加人の主張)

1 原告には、被告が登記申請書類を点検する以前に自ら自称Cの本人性や訴外C本人(以下「C本人」という。)の契約意思、登記意思を確認する機会が十分に存したにもかかわらずこれを怠った過失がある。特に本件契約は、数か月前に知り合った訴外D(以下「D」という。)から持ち込まれた話であり、Dが先に持ち込んだ取引では報酬もあてがはずれたというのであるし、また、原告は、不動産取引とりわけ不動産担保金融の仲介等を業とする者であるから、これらの点について通常人以上の注意義務が要求されているにもかかわらず、本人性の確認をまったく行っておらず、きわめて不注意である。原告とすれば、本件契約に先立って一度でもC本人に直接の連絡を入れれば、容易に、かつ、即時にC本人には本件契約をする意思がないことを知り得たはずである。

2 本件のような不動産担保付きの金融取引において、債権者が安全性を確保するために確認すべき点としては、債務者の弁済能力(職業、収入、資金の使途などが判断材料となる。)、担保設定者の本人性及びその意思が重要である。登記に必要な書類の確認は、このような種々の要素の確認の中における一部の作業にすぎず、しかも債務者の弁済能力、担保設定者の本人性及びその意思の確認は債権者の責任である。

しかしながら、本件契約において、原告は、自称Cについて事前に面談を求めることもせず、本件契約のために面談した際も職業、電話番号、資金使途、収入などまったく確認していない。しかも原告は、初対面の自称Cに対し、一億円を交付し、このうち五〇パーセントを占める預金小切手に横線も引いていないのであって、このような安易な取引方法は、原告の重大な過失というべきである。

(原告の主張)

原告は、次のとおり自称Cの本人性には十分な注意を払っており、過失相殺の対象となる過失は存在しない。

1 免許証での確認

原告は、自称Cに免許証を本件契約現場で提示させ、本人と免許証の写真を見比べて照合し、自称CがC本人であることを確認した。右免許証は、本物にしか見えず、実際、実物を手にした原告にも何らの違和感のなかったものであって、素人には偽造物であるとは思えないものであった。

2 印鑑及び印鑑証明での確認

原告は、自称Cに印鑑を本件契約現場で押捺させ、同時に印鑑登録証明書の交付を受けた。

3 登記済権利証、固定資産評価証明書の持参

登記済権利証を他人に委ねることは特別な事情のない限りあり得ないことであるし、固定資産評価証明書は原則として本人の申請でなければ交付を受けることはできないところ、自称Cは、登記済権利証及び固定資産評価証明書を本件契約現場に持参した。

4 被告は、事前に電話等でC本人に確認すれば、自称CがC本人でないことが容易にわかったと主張する。しかしながら、原告は、自称Cから電話番号を聞いていないし、聞いたとしても、事案の内容からして自称CがC本人の電話番号を教えたはずがない。また、被告訴訟代理人が電話番号案内に問い合わせたところ、「川口市b五丁目のC様は、お客様のご要望でご案内しておりません。」という回答であった。

さらに、原告は、自称Cを原告に紹介したDから、「地元の大地主で、資産は莫大なものを所有しているが、今まで借金などした経験がなく、また、その方法すらよく知らない。その上、今回は、地主のプライバシーに関係して急にお金が必要になった話だから、銀行や農協からの借入れでは間に合わない。まして、家族には内緒でまとまったお金を調達しなければならないので、何とかしてやってほしい。万一のときは、担保物件を売却処分しても、決して損はないから。」と依頼されたのであって、電話連絡をすることを暗に禁じられており、しかもその理由は、十分納得すべきものだったのである。

そもそも、本人が直接出頭する契約においては、銀行でさえも事前に電話等で本人確認をするようなことはしておらず、かかる確認行為は不要である。

5 被告には、専門的な知識に基づいて登記簿謄本と登記済権利証を対比するという司法書士にとってきわめて基本的な注意を払えば、容易に登記済権利証の真正に疑いを持てたにもかかわらず、漫然、右対比を行わず、又は両者の不整合を看過してその真偽の確認を怠ったという専門家責任の観点からみてきわめて重大な過失がある。このような専ら被告の専門家責任に属する事項に関する注意義務を原告に課することはできない。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実のほか、証拠(≪省略≫、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、不動産を担保にした借入れ及び返済不能な場合における当該担保物件の処分の代行などを業とする会社である。原告代表者は、一五年ほどの不動産取引の経験を有し、本件契約のような取引については四、五年前から年に四、五件行っている。

2  原告代表者は、平成七年九月ころ、仕事上旧知の間柄であった住昌クリエイト株式会社代表取締役Eから不動産ブローカーであるDを紹介された。

原告は、Dの依頼により、同年一〇月一六日、訴外F(以下「F」という。)及びDとの間において、原告がFらに代わってF所有の不動産を担保に第三者から一億三〇〇〇万円ないし一億五〇〇〇万円を借り入れ、Fらが返済できない場合には右不動産を売却して代位弁済する業務を受託し、これに対し、Fらが業務委託料として借入金の五パーセント相当額及び担保物件処分の場合には処分価格の六パーセント相当額を支払う旨の業務委託契約を締結した。

3  右業務委託契約に基づく業務委託料がFから約定どおり支払われなかったことから、Dは、原告代表者に対し、別件による埋合わせを約していたところ、同年一一月中頃、右埋合わせに絶好の案件として、本件土地を担保にした借入等の業務委託を申し入れてきた。その際、Dは、原告代表者に対し、「所有者であるCは、地元の大地主で、資産は莫大なものを所有しているが、今まで借金などした経験がなく、また、その方法すらよく知らない。その上、今回は、地主のプライバシーに関係して急にお金が必要になった話だから、銀行や農協からの借入れでは間に合わない。まして、家族には内緒でまとまったお金を調達しなければならないので、何とかしてやってほしい。万一のときは、担保物件を売却処分しても、決して損はないから。」と説明した。

原告代表者は、Dの右説明を聞き、「地主は、悪い女にでも引っ掛かって急にお金が入り用か、ギャンブルにでも手を出して、言うに言えない借金でもできたのではないか。」と思い、特に右説明に疑問を抱くことはなかった。

4  原告は、翌日から資金調達の可能な金融業者と交渉を開始するとともに、本件土地の担保価値を調査したところ、少なくとも五億円の価値を有する土地であり、本件契約により確実に利益があがることが見込まれたため本件契約を締結することとし、株式会社ケン・オブ・ザ・ワールドから二億円を借り入れることとした。Dは、連日のように原告の事務所に来て、契約の早期締結を求めていたところ、同年一二月二日には「一日でも早く本件融資を実行してくれないと、他にも同条件で融資をしてもよいという会社があるので、明後日にもとりあえず一億円だけでも実行して、この話が他に逃げないようにしてほしい。」というので、原告代表者は、とりあえず株式会社二十一世紀コーポレーションから八〇〇〇万円を借り入れ、それに手持ちの二〇〇〇万円を加えた一億円を同月四日自称Cに貸し付け、業務委託契約を締結することとした。

5  原告代表者は、同年一二月四日、契約締結に先立って登記申請書類の点検のために被告に立会を依頼するとともに、株式会社ケン・オブ・ザ・ワールドの社長、専務にも立会を依頼した。

6  原告代表者は、同日午後五時ころ、株式会社二十一世紀コーポレーションの事務所において、Dが連れてきた自称Cと初めて対面した。原告は、仲介者としてDがいたことから、それまでC本人に直接連絡して、契約意思を確認することはなかった。原告は、自称Cが持参したC名義の偽造運転免許証の写真や自称Cが本件土地の登記済権利証や印鑑登録証明書、固定資産評価証明書を持参していることから、自称CがC本人に間違いないと確信した。

原告代表者は、自称C及びDとの間で、自称C及びDを委託者、原告を受託者として、原告が自称Cらに代わって本件土地を担保に第三者から二億円ないし五億円を借り入れ、自称Cらが返済できない場合には本件土地を売却して代位弁済する業務を受託し、これに対し、自称Cらが業務委託料として借入金の五パーセント相当額及び本件土地処分の場合には処分価格の六パーセント相当額を支払う旨の業務委託契約を締結し、さらに、根抵当権設定契約証書、右登記申請のための委任状及び土地賃貸借契約書に自称CからC名義の署名押印を受けた。

原告代表者は、金員授受の証拠を残すため、従業員に指示してテーブル上に書類や現金を並べた状態で自称CとDの写真撮影をした上、登記申請書類を点検した被告に確認したところ、全部揃っていて問題がない旨の返答を得たため、自称Cにテーブル上の現金五〇〇〇万円と五〇〇〇万円の預金小切手を引き渡した。

7  原告代表者は、同月五日、登記済権利証や免許証のコピーを持ち帰っていた株式会社ケン・オブ・ザ・ワールドから登記済権利証等が偽造である疑いがある旨の連絡を受けたため、直ちに法務局に行き登記官に相談したところ、本件土地の登記簿謄本の表題部によれば、本件土地は、昭和五一年五月一日に区画整理された結果、所在の表示が「川口市a町」から「川口市b五丁目」に、地番の表示が「一六八番」ないし「一七〇番」から「八番七」ないし「八番九」に変更されたにもかかわらず、昭和四八年二月二二日に作成された本件土地の登記済権利証の物件の表示欄においては、所在が「川口市b五丁目」、地番が「一六八番」ないし「一七〇番」と表示されていることから偽造であることが明らかである旨指摘された。

8  原告代表者は、同月一一日、Dとの間において、業務委託契約を合意解除し、Dが同月二〇日までに一億〇五〇〇万円を返還する旨の和解契約を締結したが、Dは右返還をしなかったため、原告代表者は、平成八年一月九日、まだ事情を知らない被告に報酬一〇万円を含む登録免許税等の手続費用七六万三四五〇円を支払って根抵当権設定登記手続を依頼した。被告は、同月一一日、登記申請手続をしたが、法務局により受理されなかった。なお、その後、登録免許税六〇万円は、原告に還付された。

二  登記申請書類の点検を依頼された司法書士には、単に形式的に登記申請に必要な書類が整っているか否か確認するのみならず、有効に登記が経由できるように依頼者から示された書類の真否についても善良な管理者としての注意を尽くすべき義務があるところ、原告代表者から示された本件土地の登記簿謄本の表題部によれば、本件土地は、昭和五一年五月一日に区画整理された結果、所在の表示が「川口市a町」から「川口市b五丁目」に変更されたにもかかわらず、昭和四八年二月二二日に作成された本件土地の登記済権利証の物件の表示欄においては、所在が変更後の「川口市b五丁目」と表示されていたというのであるから、専門的知識を有する司法書士に要求される善管注意義務を尽くせば、当然に登記済権利証が偽造であることを看破し得たというべきであり、この点を看過した被告は債務不履行責任を免れないといわなければならない。

前記認定事実によれば、原告は、平成七年一二月四日、自称Cらに一億円を貸し付け、平成八年一月九日、被告に報酬及び登記手続費用として七六万三四五〇円を支払ったことが認められるが、これらの金員の支出は、被告による登記申請書類の点検に過誤がなく根抵当権設定登記が有効にされるものと信じたことによるものであって、根抵当権設定登記が有効にされないのであれば支出されなかったであろうから、右合計一億〇〇七六万三四五〇円は被告の債務不履行と相当因果関係が認められる。七六万三四五〇円は、原告に偽造の事実が事実上判明した後に支出されているが、まだその段階では登記申請が正式に拒否されたわけではなく、偽造の疑いが事実上濃厚になったにすぎないというべきであるから、これを理由に相当因果関係を否定するのは相当でない。なお、登録免許税六〇万円は、原告に還付されているから、本件訴訟の弁護士費用を除く原告の現在の損害額は、一億〇〇一六万三四五〇円である。

三  争点である過失相殺について判断する。

前記認定事実によれば、本件契約の締結に直接携わった原告代表者は、約一五年の不動産取引の経験を有し、本件契約と同様の取引をこの四、五年の間、年に四、五回はしていたというのであるから、不動産を業務上扱う者として不動産の権利関係や担保提供者の意思について慎重に調査すべきことが要求されているというべきである。特に、本件契約は、二か月ほど前に知り合ったDが持ち込んだものであり、Dが最初に持ち込んだFとの業務委託契約においては委託者であるFから約定の委託料が支払われなかったというのであるから、そのようなことのないように本件契約の委託者については十分に調査すべきであったということができる。しかしながら、原告は、二億円という金額からすれば疑ってかかる余地があるにもかかわらず、「家族には内緒でまとまったお金を調達しなければならない。」というDの説明を安易に信じ、本件土地の担保価値を調査しただけで、C本人に事前に直接確認することをせず、Dに言われるままに本件契約の締結を急ぎ、Dから話が持ち込まれたほぼ半月後の平成七年一二月四日には、本来の資金調達先でない株式会社二十一世紀コーポレーションから一時的に借り入れた八千万円に手持資金を加えた一億円を自称Cに貸し付けているのであって、原告には過失があるといわなければならない。

しかしながら、被告の善管注意義務違反の過失が登記済権利証と登記簿謄本の比較という基本的な審査を十分にしなかった点にあることからすると、契約者の本人性の確認について原告が本来責任を負うべきであるという点を考慮しても、原告の損害額から三割五分を減額するにとどめるのが相当である。そうすると、被告の負担すべき損害賠償額は、六五一〇万六二四二円となる。

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人らに委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約束しているものと認められるが、本件事案の性質、審理の経過、認容額に照らし、原告が相当因果関係のある損害として賠償を求め得る額は、三〇〇万円と認めるのが相当である。

(裁判官 足立哲)

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